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映画<伊藤憲夫>

フランシス・ベーコン 出来事と偶然のための媒体

20世紀最後の油彩画家

 ベルナルド・ベルトルッチが弱冠30歳で監督し、過激な性描写でセンセーションを巻き起こした映画「ラストタンゴ・イン・パリ」(1972年製作)、そのタイトルバックを飾ったのがフランシス・ベーコンの2点の油彩画だった。アルゼンチン生まれのジャズ・プレイヤー、ガトー・バルビエリの哀愁漂うテナーサックス・ソロをバックに、決して交わることのない男と女がそれぞれ孤独な裸体を晒していた。

 著名なイギリス・ルネサンス期の哲学者フランシス・ベーコン(1561−1626)と同姓同名のこのアーティストの作品「ルシアン・フロイドの3習作」(1969年)が2013年11月12日のニューヨーク、クリスティーズのオークションで1億4240万ドル(約141億円)で落札された。これはオークションで売買された美術品の史上最高額といわれている。ちなみに、それまでの最高額は、2012年5月2日ニューヨークのサザビーズにおけるエドヴァルド・ムンクの「叫び」(パステル、1895年)の1億1992万ドルだった。

 官能的で甘美な色面に薔薇色の肉塊がうごめき、人体は暴力的に歪められている。フランシス・ベーコンは、絵画そのものが末期的な状態にある時代に、抽象でもあり、具象でもある画期的な人物表現のスタイルをつくりあげた。モダニズムのどのような傾向にも属することなく独特な絵画的世界を構築したのだ。そして、現代においてもそのアクティヴィティは失われることなく、21世紀の美術と多くの問題意識を共有している。  ベーコン絵画の特徴を整理してみよう。

  • ラディカルでスキャンダラスなモチーフを描きつつオーソドックスな油彩画のマチエールを堅持した。
  • 身体性についての独特な感覚は現代のアートシーンを先取りしている。
  • 写真や動画的要素を積極的に取り入れ、特異なデフォルマシオンを開発した。
  • スピード感のある筆触で無意識を導入したが、シュルレアリスムの文学性とは一線を画している。
  • 正規の美術教育を受けることなくアカデミズムとは無縁に独自の創造性を究めた。
  • イギリスという伝統的な肖像画の系譜をもつ国で人物表現の新機軸を見出した。

 1945年に発表した「ある磔刑の足下にいる人物のための三つの習作」(1944年)はベーコンの代表作となった。人間とも動物とも判別できない異様な物体がうごめき、暴力や死のイメージが濃厚に漂う無惨な画面である。長く戦渦にさらされてきたイギリスの抑鬱的な情況を表徴したかのようなこの作品は多くの美術関係者から評価された。
 そして、ベーコンはベラスケスの「教皇インノケンティウス10世の肖像」(1650年)をサンプリングして45点以上のバリエーションを描いた。このシリーズの人物はセルゲイ・エイゼンシュタイン監督の映画「戦艦ポチョムキン」(1925年製作)の乳母の映像のように大きく口を開けて叫んでいる。拷問の苦痛に耐えかねたような阿鼻叫喚の世界である。真ん中の椅子にすわる人物は磔刑のキリストのように輝いている。

 1909年10月28日、フランシス・ベーコンはアイルランドの首都ダブリンでイギリス人の両親のあいだに生まれた。父は元騎兵隊大尉で競走馬のトレーナーであり、母はシェフィールドの名家の出身だった。ベーコンが生まれた当時は、18室ある屋敷に召使い5人と馬丁9人が雇われていた。病弱だった彼は生涯喘息に苦しめられ、たびたび発作に襲われて継続的に学校へ通学することができなかった。息子に男らしさを求める父親の厳しさに対し、一方でベーコンは同性愛に目覚めるようになる。
 16歳のとき鏡の前で母親の下着を身につけているところを父親に見つかり勘当される。さまざまなところへ移り住み、母親から週3ポンドの仕送りがあったが、だんだん酒やギャンブルなど贅沢の味を覚えて男娼まがいの交際をしたり職業を転々とする。18歳のときにはパリでピカソの展覧会を見て衝撃を受けた。またニコラ・プッサンの「嬰児虐殺」(1629年、コンデ美術館)や映画「戦艦ポチョムキン」を見るのもこの頃である。

 ベーコンの肖像画のモデルは、ほとんどが彼の愛人であり、あるいは身近な友人たちであった。知り合いのカメラマンが彼らを撮り、その写真を使って作品を描くという手法をとった。その恋愛遍歴はまさに波瀾万丈、情愛の深さによってデフォルマシオンの度合いは増し、暴力的に肉体を変形させるベーコンの描法にとって恋愛は必須なものだった。
 20歳(1929年)のときに出会ったエリック・ホールは20歳年上で家庭持ちの市会議員、元戦闘機パイロットのピーター・レイシーはサディストだったがテート・ギャラリーの回顧展(1962年)のオープニング当日にタンジールで死去する。また9年間ベーコンがもっとも多く作品に描いた元泥棒のジョージ・ダイアーとの関係はグラン・パレの大回顧展(パリ、1971年)のオープニング2日前の彼の自殺によって破局を迎えた。さらにベーコンの莫大な財産を相続したジョン・エドワーズなど華麗な遍歴であった。そしてベーコンの最後を看取ったのは40歳年下の闘牛士ホセ・カッペロであった。
 ベーコンはダイアーの死後も彼のポートレートを描きつづけた。そのマニュピレートされた魅力的な画像は、ピカソが愛人ドラ・マールを描いた「泣く女」(1937年)やゴッホの「グレーのフェルト帽をかぶった自画像」(1887〜88年)などにも匹敵する肖像画の傑作となった。

 人類は自然を蹂躙し侵食して自分たちに都合のよい環境をつくりあげてきた。そして残った最後の自然は自らの身体のみとなってしまった。その身体に我々は報復されつづけている。この人類の罪過に対し、ベーコンは自らをサクリファイスとして捧げた。1992年4月28日、ホセに会いに行ったマドリードでフランシス・ベーコンは他界する。82歳だった。またひとり真正の芸術家を我々は失ってしまった。

シカゴ・インターナショナル・フィルム・フェスティバル金賞受賞
監督:アダム・ロウ/製作:BBC+エステート・オブ・フランシス・ベーコン
出演:フランシス・ベーコンほか/音楽:ブライアン・イーノ
本編カラー96分+特典86分/2005年イギリス製作/定価5,040円(税込)/発売・販売元:カウンターポイント株式会社/2013年5月27日発売

(2013/12/9 update)

 
 
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