レンブラントの夜警
〈集団肖像画〉の最高傑作に秘められた影の秘密とは
17世紀のなかば、スペインを退けたオランダは黄金の繁栄期を迎えていた。海洋交易によって市民階層が伸張した王国の首都アムステルダムから、レンブラントの肖像画家としての名声は、ヨーロッパ中にとどろいていた。粉挽(ひ)きの子から身を起こし、商人の娘を妻にして成功した画家の工房では、たくさんの弟子たちを抱えて、今日でいえばシリコン・バレーの新興IT産業のように王侯貴族や教会、富裕な商人たちが発注する宗教画や肖像画がつぎつぎに生産されていた。キリストの降誕図のモデルをつとめるのは、周囲の市民たち、フローラや聖女のモデルにもなった美しい若妻サスキアは、マネージメントもこなす才媛で、長子の出産を迎えようとしていた。
そんなレンブラントのもとにアムステルダムの市警団から集団肖像画の制作依頼という、大きなビジネス・チャンスがめぐってきた。画家は乗り気ではなかったが、利にさといサスキアの意向で引き受けることに・・・。
市民を守る英雄たちの勇姿を描くのは、画家の誉(ほま)れにちがいなかったが、制作の過程にスキャンダルと利権にまみれた実像が明らかになっていく。そして画家は、ある重大な秘密を知ってしまう。
1642年にレンブラントが制作した「夜警」(Night watch)は、オランダ絵画と不世出の巨匠レンブラントの代表作として知られるが、その制作が画家の人生の凋落の原因にもなったという伝説に包まれてきた。市警団の不評を買ったという、型どおりの集団肖像から逸脱して闇の舞台の一瞬を浮かび上がらせたような劇的なその大画面のうちに、レンブラントがこめたメッセージとは何であったのか・・・?
「プロスペローの本」(1991)や「英国式庭園殺人事件」(1982)(本サイト、CINEMAバックナンバーを参照のこと)などでも、その凝(こ)った演出と意匠で遠い時代の美術史に精気を吹き込んでみせたピーター・グリーナウェイ待望の新作は、レンブラントの代表作のなぞ解きを通して、17世紀オランダ社会の光と闇を浮かび上がらせる。「ダ・ヴィンチ・コード」のようにミステリー仕立てをとりながら、舞台劇の記録かと思わせるほどスタイリッシュで、アレゴリカルなグリーナウェイ・ワールドは、いつにも増して重厚である。だが、冒頭とラストで、悪夢のなかでいきなりベッドからすっぱだかで放り出され、「へぼ絵描き!」とリンチに遭って盲目となる主人公とともに、いつの世も変わらぬ欲望する人間たちのドラマのなかへと引き込まれていく。
途中挿入される野外シーンなどを除けば、終始、闇が支配する舞台を正面からロングやクローズ・アップで見つめつづけるアングルを通して・・・。
ー われわれに衣装を着せて、ひと芝居うたせたな。われわれは皆舞台で演技する俳優、舞台ではすべてが可能だ。愛の死さえも。よく考えみろ。おまえが壊そうとした市警団の肖像画の伝統は、真っ当な誠実な伝統だ。描かれた者は、あれがわれわれだと誇り、これから皆がわれわれを見るだろう、われわれはその眼を見返してやるのだ。われわれは描かれた絵なのだから。おまえはそれをすべて台無しにした。ー
市警団の隊長の断罪は、肖像画を画家とモデル、さらにその絵を見る者や社会との関係性にとらえなおすリーグルや近年のニューヒストリーによる絵画分析の成果(本サイト、今月のBOOK『肖像のエニグマ』参照のこと)に基づいている。タイトルの原題を「夜警(=Night
watch)」ではなく「Night watching」としたのは、絵画や映画の本質にある「見る」という行為を問うことがテーマになっているからだと、グリーナウェイはいう。この映画が盲目となった画家の悲劇からはじまり、悲劇に終わることも、またー。
レンブラントは、愛する者にも子供にも先立たれ、破産して実人生の後半を闇に生きた。そのエッチングによる原像が有名な、悪魔と契約して魔術に通じたファウストのように、闇のなかで追求された画家の〈光の魔術〉=絵画は、時とともにすべてが消え去り忘れられた後にも、人間の世界の見方に影響を与えつづけている。
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2006年は、レンブラントの生誕400年にあたって、アムステルダム国立美術館を臨む、かつてレンブラントの工房があった街区にも近い場所に家を持つグリーナウェイは、映画と平行して、記念プロジェクトのドキュメンタリー製作や美術館の「夜警」の光による演出を手がけた。
オランダの伝統的な民主主義は、海面より低い国土を洪水から団結して守らなければならなかった歴史を背景にしている。新教徒とカルヴィン教徒の多い社会は、英雄的な個性や才能よりも身内の結束や団結を重んじた。それが聖書や神話を描いた作品にも家族や身辺の人間を重ねて、くりかえし自画像を描いた天才の個性と、「夜警」という集団肖像画とのあいだに生じた亀裂の原因にはある。
ニューヨークがはじめはニューアムステルダムとよばれたように新大陸との交易の拠点となったアムステルダムには、最盛期で2000人以上の画家がいたと記録されている。
レンブラントと同時代のルーベンスやカラヴァジオ、ベラスケスといった近世の巨匠たちの絵画は、ゴッホなどにも大きな影響を与えたように近代絵画のはじまりだった。ローマを追われたカラヴァジョオはシチリアで客死、彼らの多くはイタリアから隔たった国でそれを成した。映画を〈光の魔術〉とすれば、当時普及したパラフィンろうそくによる人工照明のテクノロジーとともに制作されたレンブラントたちの絵画は、映画の先駆として位置づけられるだろう。
(ピーター・グリーナウェイのインタビューより)
モーツァルトの「魔笛」を映画化したベルイマン、「ハムレット」を撮りたかったタルコフスキー、フェリーニ、ベルトリッチ、ダニエル・シュミット、テオ・アンゲロプロス・・・。ヨーロッパの傑出した映画監督たちは、演劇やオペラといった舞台芸術に親密な関心を持ってきた。舞台演出を手がけたり、オペラを映画化したり、映画という後発のメディアのなかに舞台芸術のぶ厚い伝統が消化されている。その根もとは、遠くギリシア悲劇につながっている。グリーナウェイのこの映画からは、何よりつよく同国人であるシェイクスピアの匂いがする。
監督+脚本ピーター・グリーナウェイ、キャスト/マーティン・フリーマン(レンブラント)、エヴァ・バーシッルス(サスキア)、ジョディ・メイ、エミリー・ホームズほか
第64回ヴェネチア国際映画祭コンペ部門出品、ミンモ・ロテッラ賞
2007イギリス・オランダ・フランス・ドイツ・ポーランド・カナダ合作/カラー/
139分+ピーター・グリーナウェイ・インタビューほか
販売元:ジェネオン エンタテインメント/3,990円(税込)
(2008/8/12 update)
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