「全体主義芸術」
イーゴリ・ゴロムシトク(著)、貝澤哉(訳)
水声社
美術史の「空白」からの報告
ベルリンの壁がくずれた後に東ヨーロッパやロシアの広場で引き倒されたレーニン像・・それは2000年をはさんで10数年後には、バグダッド侵攻時にアメリカ軍によってフセイン像に代えて演出された光景である。
〈全体主義芸術(あるいは社会主義芸術)〉は、いまの日本にいるかぎりでは、テレビニュースやワイドショーでリピートされる北朝鮮や東欧〜ロシア、中国などの過去のニュース映像のイメージに過ぎないかもしれない。
「オランダ絵画展」とか「ベルギー美術展」とか、相変わらず国の名前を冠した展覧会は多いが、それは(中世やルネサンスの作品を含んでいても)近代の国民国家の枠組みに基づいたものだ。20世紀の100年をかえりみれば、世界の半分以上はそうした近代国家の歩みとはべつな道を歩んで、社会主義や共産主義あるいは全体主義の国となった。それらの国々では、芸術もモダニズムとはまったく異なる歴史をたどった。
そのような歴史がありながら、現在の私たちにとってそれらの芸術の印象が漠然としているのは、まだ全体の研究や紹介が本格化するにはあまりにも日が浅くて、その間もなく世界情勢が速いスピードで流動しているからだろう。
しかしながら「鉄のカーテン」と言われたぐらい交流も困難だった時代を通して、(こちらからすると)向こう側の体制下でつくられた膨大な作品群が存在し、それらは体制の変化の影で美術館や倉庫の奥に忘れられたり、失われつつある状態は想像される。それらの作品が本格的に研究される日がくれば、「20世紀美術史」は、大きく書き改められることになることも・・。
旧ソヴィエトでモスクワ・プーシキン美術館の研究員だった著者は、反体制作家の裁判で証言を拒否したために強制労働を課せられた後、1972年にイスラエルへ出国、イギリスに移住して、オックスフォード大などで文化史を教えるソ連反体制美術ほかについての著作がある美術史家。プーシキン美術館などに保管されていたドイツから運び出されたナチス関係の美術資料を調査し、早くからナチス時代とスターリン体制下の社会主義リアリズムの類似性を比較研究していた。
本書では、スターリン時代のソヴィエト、ナチス時代のドイツ、ファシズム期のイタリア、さらに毛沢東時代の中国の美術について、「全体主義芸術」として共通する社会機能とスタイルを持つ
ー その統制された美術表現の歴史と特性が、これまでの議論をふまえて大きな視野から比較検討されている。
「ヒトラーをよく知る人々の証言によれば、『芸術の全分野のなかでヒトラーは19世紀を人類史のもっとも偉大な時代と考えていた』。ソ連では19世紀後半の画家たち、とりわけ移動派(ロシアの民衆を描いたレーピンなど)の創造は、『社会主義前の絵画の最高の模範であり、どの国の芸術も到達したことがないような高みに達した』と無条件に宣言されていた。
ー 19世紀芸術が民族的遺産の中心にすえられたのは、独裁者たちの個人的な趣味のせいではない。全体主義文化発展の独自なメカニズムが、そうした趣味をもった人々を権力の頂点に押し上げたのである」
19世紀のリアリズム/国民的流派と全体主義、未来派や構成主義とファシズムの関係、新古典様式の重用、「頽廃芸術」とモダニズムの弾圧、指導者の肖像と記念碑彫刻、建築、宣伝言語と視覚デザイン、戦争画とプロレタリアートを描く風俗画、ソヴィエトでの印象主義やキュビスムへの評価、ファシズム期のベネチア・ビエンナーレ、1937年パリ万博でエッフェル塔前の広場の両側にそびえたソヴィエトとドイツ両国館・・・。「全体主義」の体制下でのおもな事象が、時代を追って文献資料をもって検討されているのはもちろんだが、それは風景画、静物、ヌードがどのように位置づけられたかといった面にもおよんでいる。
「セザンヌの時代から、静物画は物の内的本質の分析のための一種の実験室になり、キュビスムや未来派においてはほとんど主要なジャンルとしての位置を獲得した。(全体主義の美学からみて)だれにも必要のないリンゴやライラックを描く画家たちは、大衆の意識を社会主義の建設というアクチュアルな問題から逸(そ)らせようとしている。全体主義のヒエラルキーにおいては、静物画は、純粋な風景画とともに最後列を占めていた」
「ナチズムが裸体に対して示した真剣さは、(ソヴィエトの)社会主義リアリズムが電気溶接工やトラクター運転手に示した真剣さに優るとも劣らない・・」
各ページ下の余白にソヴィエトやナチス時代の作品図版が多数収録されているのは、本文とともにまだベールに包まれている現代美術史の「長い空白」へのアプローチを助けている。
水声社/602ページ/7000円+税 |